神経内科通信
2013年08月号 「ある日の新聞広告から」
先日、新聞の広告欄を読み、慶應義塾大学放射線科の近藤誠先生が著された「医者に殺されない47の心得」という本が、80万部を超えるベストセラーになっていることを知りました。
心得を見てみますと、「「とりあえず病院」は医者のおいしいお客様」「「早期発見」は実はラッキーではない」「ガンの9割は治療するほど命を縮める」「100歳への体づくりは毎日の「タマゴと牛乳」から」「コーヒーは糖尿病、脳卒中、胆石、シワを遠ざける」といった内容が続きます。
私はこの手の本の内容に賛同もしなければ、批判もしない立場です。全面的に反対できないその理由は、私たち医者が反省しなければいけない部分も確かに近藤先生の主張の中にはあるからなのです。例えば、心得の一つに「血圧130で病気なんてありえない」というものがありました。血圧の正常値やコレステロールの正常値などは時代によって変化し、さらに区分がややこしくなり、いったいどの数値が自分にとって正常なのか混乱してしまうことが度々あります。また、「風邪で抗生物質を出す医者を信用するな」という心得もありました。風邪薬一つとっても、本当にそれがカゼ症候群の治療に役立つものかどうかを深く考えずに、時に画一的な処方内容になってしまうこともあります。
マスコミは医療事故を、十分な裏付け取材もなくそれに関係した者に対して敵意に近い言い回しで大衆に伝えてしまうケースが数多くある、と聞いたことがあります。恐らく、(被害を受けたとされる)患者さんサイドに立った記事を書くことが、共感を得るための手段になるのでしょう。そのような場合において善か悪かで判断されるとき、間違いなく医者は「悪」となります。責めを受けて当然という馬鹿者もいる一方で、どの病院からも搬送拒否(たらい回し)された急病の患者さんを引き受けたものの、残念ながらその方は亡くなってしまったケースで、その死亡は担当医の責任だと家族から訴訟を起こされた医者もいます。善意の医者が「悪」として記事にされているのです。
そのような社会風潮の中で、「医者に殺されない」というタイトルはいかがなものかと私は考えます。近藤先生には、現場で真面目に、命を削りつつも頑張っている医者仲間たちのためにも、せめてタイトルを「医者を上手に活用する47の心得」にしてもらいたかった。「3種類以上の薬を出す医者を信じてはいけない」と主張される前に、あの東北大震災の混乱の中で、自らの都合を顧みず必死に治療に当たった同志たちのことも思いやってほしかったな、と。これは私の自分勝手な思いなのですが。
( 文・神経内科 則行 英樹 )