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神経内科

則行先生便り

第2回 「眠れない」あなたへ

 そうですか。夜眠れないというわけですね。なるほど、よくわかりました。
それでは薬をお出しする前にちょっとだけお時間をいただいて、まずは睡眠についてのお話を簡単にさせてください。

 実は酒井病院の外来にお越しになられる患者さんにはですね、不眠で悩んでいらっしゃる方がとても多いんですよ。外来を担当させていただいた当初は大変驚きました。昔からよく健康の原則は「快食・快眠・快便」と言われますが、気持ち良く寝ることができないのは本当につらいものです。もともと「不眠」は私の専門である神経内科が扱う症状ではないんですが、少しでも不眠に悩まれる方々のお役に立ちたいと思いまして、外来で治療に当たらせていただいている次第です。

 ええとですね。20年前のデータでちょっと古いんですけど、NHKが行った調査では日本人の平均睡眠時間は7時間52分で、大部分の人は6時間から9時間だそうです。もちろん現在では生活習慣が多様化していますので、多少の変化はあるでしょうけど。以前、私が外来で実施したアンケートでは6時間より短い時間、例えば5時間とか5時間半でも普通に社会生活を送れている方も多くおりまして、睡眠時間に関しては、かなり個人差がありそうですね。

 もう一つ面白いデータが私の手元にあります。かつて断眠実験が行われまして........。あっ、いきなりでスミマセン。 断眠実験とはですね、ある人を眠れないような環境に置いて、とにかく無理矢理ずっと起こし続ける実験なんです。つまり、人間を寝かせなかったらどうなるかという拷問に似た実験です。いや、はっきり言えば拷問ですね。

そのような実験が行われたのです。その結果どうなったと思われますか? 起こし続けられた人は時間の経過と共に非常に強い眠気を催し、同時に考えがまとまらなくなり、作業能力が低下して、ついには夢と現実がごちゃ混ぜになって錯覚や幻覚、妄想が起こったそうです。

結局、断眠実験の最高時間記録は101時間8分30秒(4日と2時間)でした。(これは国立精神神経センタ-の大熊先生のデータによります。)それにしても4日間眠らずに過ごすなんて凄いですよね。

 前置きが長くなりました。ではお聞きしますが、あなたの不眠は次の3つのうちのどのパタ-ンですか?
1)寝つきが悪い。つまりお布団の中にもぐってもなかなか眠れない。(入眠障害)
2)夜中に何回も目が醒めて、よく寝たという感じがしない。または、朝起きた時に良く寝たという充実感がない。(熟眠障害)
3)朝、あるいは夜中に早く目が醒めて、それからは眠れない。(早朝覚醒)

 不眠に悩まれて酒井病院の外来を受診される方の大部分が、3つのパタ-ンのいずれかに当てはまります。(時には2つ以上ということもありますが。)
さて次の問診は、あなたの不眠がどれくらいの期間続いているのかということです。
1)数日間(一過性不眠)
2)3週間程度(短期不眠)
3)3週間以上(長期不眠)

 質問がしつこくなって申し訳ないのですが、次に3つ目の問診です。あなたは眠れない原因に何か思い当たることがおありですか? また、眠れないことが心の大きな負担となり、日常生活や仕事に支障をきたしていますか?

 ひと昔前までは、「眠れないのですかァ、それじゃあ睡眠薬(安定剤)を出しときますネ。お大事に。」でも済まされたのですが、最近は社会生活(習慣)の変化や健康に対する関心が高まってきていますので、不眠は非常に重要な症状の一つなのだと我々医者は考えるようになりました。

 さてさて、これまでの3つの質問は何を知るためなのか、ここでタネあかしをいたしましょう。まず最初の不眠の3パタ-ンに関する質問ですが、これは薬を選択のための大切な問診なのです。実は不眠に効くお薬にはいくつか種類があるのですが、眠れないパタ-ンによって薬の強さ(効果の持続時間)を調節していくのです。もし寝つきが悪いというパターンの場合、薬の作用時間は短くても良いし、夜中に何回も目が醒めるパターンであるならば、ちょっとばかり作用時間の長い薬を選ぼうか、といった感じになります。

 2番目の不眠の継続時間(期間)に関する問診、これは不眠の原因をある程度把握するための問診です。例えば、数日間にわたるだけの軽い不眠であれば、一時(いっとき)の不安、怒り、イライラ、感動、感激といった気分(感情)が原因になることがあります。他には痛み(頭痛、歯痛など)でも起こりますね。また鼻詰まりやかゆみがあっても不眠になりそうです。

 一方、長期にわたる不眠では時に重大な病気が原因になっている場合があります。最近特に注目されているのが「睡眠時無呼吸症候群」。寝ている間にしばらく呼吸が止まる病気ですね。いつだったか、電車の運転手さんが居眠り事故を起こして社会問題になっていました。いびきの大きい肥満体型の方に多くみられ、朝起きても熟睡感が全くないために日中は眠気でぼーっとなってしまいます。心臓病を引き起こすこともあると言われ、ここでは詳しく述べませんが早期に発見されるべき重要な病気です。

 もうわかっていただけたと思いますが、不眠はその原因の治療が大切なんですね。だから「眠れないから睡眠薬」という短絡的な考えは危険であると私は断言できます。詳しい問診と診察、時には検査によって初めて不眠に対し有効な治療が行えるのです。要するに原因によって薬の内容が変わってくるわけで、不眠=睡眠薬という公式は必ずしも成り立ちません。このことをもう少し詳しくお話しましょう。

 問診で最後にお聞きした、あなた自身に思い当たることは? ということについてです。例えば歯が痛くて眠れないのならば、痛みを抑える鎮痛剤の適応になるでしょうし、体がかゆくて眠れないのであれば、かゆみをおさえる薬が第一選択となるでしょう。痛みやかゆみで眠れない方に対して単に睡眠薬を処方するだけ、なんてことは通常はあり得ません。また会社や家庭の中で大きなストレスをかかえていて眠れない、ということであれば、安定剤の処方と同時にストレスを対話によって解消する「カウンセリング」の必要性がでてきます。
長期不眠の陰には胃腸病や高血圧、時には先ほど述べた「睡眠時無呼吸症候群」のような呼吸器の病気がかくれていることもあるのです。ですから私は眠れない方に対していきなり、「ハイ、じゃあ睡眠薬を処方しますね。」なんてことは言いません。

 何だか話がとても長くなりました。では最後に不眠に対する治療方針をお示ししましょう。

1)原因がわかれば、それを取り除く。
 歯が痛ければ痛みの治療を、かゆみがあればかゆみの治療を、ということです。以前、騒音が原因で眠れなかった方には耳栓をしていただいたことがありました。

2)周囲の環境、身体の環境を整える。
 つまり眠りやすい環境を整えることですね。例えば室内が明る過ぎないか、逆に暗すぎないか。また温度(室温)が適切かどうか? また身体の環境を整えるためには、寝る前にカフェイン(コ-ヒ-など)を控える、自分なりのリラックス法を実施する(最近では深呼吸やアロマセラピーが流行していますね。)など。時には寝る前に少しだけお酒を飲むのも良いみたいですね。ただし薬との併用には注意が必要です。担当医に相談を。そうそう、大切なことを忘れていました。日頃から食事、就寝、起床などの生活リズムをキチンと作っておく。
人間だってもとは野生の動物です。日が昇れば活動し、日が沈めば寝るように身体はできているはずなのです。ところが、現代社会ではここのところがうまく行きにくいのですね。

3)薬物療法を実施する。
 睡眠剤に限らず、どのような薬も主治医による指導のもとに使用することが大事です。漫然と薬を内服するとことは謹まなければなりません。特に睡眠薬の処方は最長でも2週間分までと定められており、処方を受けるために定期的な外来受診が求められています。

4)睡眠に対する正しい認識を持つ。
 不眠そのものはそれほど恐れるべき症状ではないこと、睡眠時間は個人差が大きいこと、もともと正常な睡眠時間というものはないことを認識することが大切です。今まで繰り返しお話したように、睡眠障害の背景にある病気さえ気をつけておけば大丈夫です。

 ずいぶんと色々なことをお話しました。どうでしょうか? 少しはおわかりいただけましたか? 本日は薬を処方しなくてもよさそうですね。それではお大事に。
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