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神経内科通信

2022年5月号 誤嚥(ごえん)性肺炎の予防(その1)

 口の中のだ液や食べ物は、のど(咽頭:いんとう)を通過し、食道と呼ばれる管に送られて胃に到達します。対して口(や鼻)から吸い込んだ空気はのどを通過し、食べ物の通り道と別れて喉頭(こうとう)と呼ばれる場所を通り抜けて、気管、気管支へと続き、肺という臓器に至ります。つまり、のどは食べ物の通り道と空気の通り道とを兼ねているのです。そこでは胃に行くべき食べ物と肺に行くべき空気とが巧妙なメカニズムによって振り分けられています。
この振り分けのメカニズムが何らかのトラブルを起こし、だ液や食べ物が空気の通り道である喉頭や気管に入りこんでしまった状態を誤嚥(ごえん)と呼んでいます。通常は激しくむせるなどして本来の通り道へと押し戻しますが、それがうまくいかずに肺にまで到達してしまって炎症を引き起こしたものを誤嚥性肺炎といいます。時に重症化し、命が奪われてしまうこともあります。
 厚生労働省が発表した日本人の死因に関する平成29年のデータですが、脳卒中、老衰、肺炎の3つが、がん、心臓病についでほぼ同率の3位となっています。具体的には、通常の肺炎で死亡した人が約9万7000人、誤嚥性肺炎で死亡した人が約3万6000人となっていました。また別のデータでは、肺炎で入院した患者さんのうち、60歳から69歳までの半数が、そして90歳以上の約9割が誤嚥性肺炎であったそうです。誤嚥性肺炎に関連した死亡を累計すれば毎年約20万人になるのではないか、という試算もあります。
 この誤嚥性肺炎の予防を考えるうえで、あらかじめ知っておかねばならないことがあります。それは「不顕性(ふけんせい)誤嚥」の存在です。不顕性誤嚥とは睡眠中、無意識のうちにだ液が喉頭・気道へと流れこむもので、普段であれば激しく起こる「むせ」がほとんど起こらない、すなわち誤嚥の徴候がとらえられない状態をいいます。(実は健常者でも睡眠中に無意識に唾液を誤嚥していることがわかっていますが、だ液を入り口まで押し出す機能や粘膜の抵抗力などが働いて肺炎には至らないとされています。)よって、誤嚥性肺炎の予防を考える際には、不顕性誤嚥の存在を常に意識する必要があるわけです。  
以前より誤嚥性肺炎を引き起こす3つの条件が知られています。① 飲み込む能力の低下、② 口の中の衛生環境悪化、および口の働きの低下、③ のどの機能の低下(むせが起きにくい、食べ物と空気の振り分けの不良など)、です。誤嚥性肺炎の予防方法を考える際には、この3つの成因を念頭に対応策を講じることになります。それでは次号にて対策方法を具体的に説明してまいりたいと思います。是非ともご一読ください。 ( 文・神経内科 則行 英樹 )
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