神経内科通信
2010年12月号 「一過性脳虚血発作」
今回は一過性脳虚血発作についてお話します。恐らく耳にされたことのない病名だとは思いますが、最近、脳卒中の専門家の間で非常に重要視されてきているものですので、この機会にぜひとも知っておいてください。
ここでまず、脳こうそくについて簡単に復習しておきましょう。脳こうそくとは、脳血管の一部がつまったり、あるいは脳内の血のめぐりが部分的にきわめて悪くなるために脳にキズがついてしまい、その結果マヒやしびれ、呂律(ろれつ)が回らなくなるなどの症状を長く残してしまうやっかいな病気です。一過性脳虚血発作とは、脳こうそくと同じように血行障害によって起こり、脳こうそくとまったく同じような症状がみられますが、長くは続かずに(多くの場合、1時間以内に)それがすっかり消えてしまうものをいいます。ですから、マヒや呂律不良が突然起こり、あわてて病院を受診してはみたものの、診察室に呼ばれた時にはすでに症状があとかたもなく消えているというケースがほとんどです。この発作は脳こうそくと同じく、脳内を流れる血液の循環が部分的に悪くなることが原因ですが、血液の流れ具合が短時間のみ悪くなっただけで、すぐに回復したために症状が消えるのだと説明されています。
さてそれでは、症状が消えてメデタシメデタシですね、もう大丈夫ですよ、となるかというと決してそうではなく、むしろ気を引きしめて検査や治療を行わなければなりません。なぜなら、一過性脳虚血発作は1週間以内に脳こうそくに移行するケースが、どんなに少なく見積もっても10人に1人はいるからです。以前は良性と考えられていた一過性脳虚血発作ですが、平成21年に改定された「脳卒中治療ガイドライン」(これは全ての医者が参考にする、脳卒中治療の参考書みたいなものです。)では、脳こうそくにならないようにすぐに治療を始めるようにと強く勧めています。
さて、平成20年にロンドンで発表されたガイドラインには面白いことが書かれてありまして、「微笑んだ際に顔が左右対称か」「両腕を共に挙げられるか」「ハッキリと聞き取れ、理解可能な言葉が口から出るか」を調べ、どれか一つでも異常があれば脳卒中を疑いなさいとあります。
当外来では一過性脳虚血を疑った場合、脳に関する精密検査にとどまらず、血圧測定・採血・検尿・心電図などを実施して、全身状態を十分に把握した上で、脳こうそく予防のための生活上のアドバイスやくすりによる治療を行っています。もし、ご自分やご家族、知り合いの方に一過性脳虚血発作を疑う症状がみられた場合、早期の受診をお勧めします。
( 文・神経内科 則行 英樹 )