神経内科通信
2019年11月号 大切な「転倒学」
思い起こしてみますと、外来でお会いした時には元気がよかった、あるいは病状が安定していた患者さんが、急にからだの調子を崩して寝たきりに、あるいはお亡くなりになる場面に数多く遭遇しました。そんな時、こんなはずじゃなかったのに、と悔しいやら申し訳ないやら。とても複雑な気持ちなります。
急に寝たきりに、あるいは命にかかわるような状況におちいる大きな原因の一つに「転倒にともなう骨折」があります。「絶対に転ばないこと」、これは命を守ることになるのだ、ということをここで強調しておきたいと思います。
転びたくて転ぶ人なんかいません。そこには何かしらの転ぶ原因があるわけです。転ぶ、という現象を医学的、科学的に分析した学問を転倒学といいます。この転倒学が教えてくれる「転ぶ原因」について、簡単にご紹介します。
転ぶ原因については、それが身体の外にあるのか、あるいは身体自体あるのかで大きく分けます。原因が身体の外にあるものとしては、部屋や廊下の明るさが足りない、慣れない場所で生活を送っている、床にでこぼこがある、靴の状態が不適切、など。思い当たることはありませんか? 次に身体自体に原因があるものですが、これにはたくさんの病気が含まれます。① 目の病気。視力が低下すれば当然転びやすくなります。近視、白内障が代表的です。② 血圧の変動や不整脈によるもの。低血圧、あるいは脈が遅い不整脈などは脳貧血(脳の血流低下)を引き起こし、ふらつきを来します。③ 神経系統の異常。認知症、しびれ・痛みといった感覚異常、平衡感覚の障害など。④ 筋肉・関節系の異常。筋肉の老化、関節が十分に曲がらない、関節痛、筋肉痛など。⑤ くすりの副作用。特に睡眠薬と安定剤。くすりからの眠気もありますが、注意力の低下からも転ぶことがあります。時に、血圧や血糖値を下げるくすりの服用後にふらつきを来たして転ぶこともあります。ご自身に当てはまるものはありますでしょうか。
では転倒学の立場から、転びやすい状態にある人の特徴を5つ挙げてみます。
① 最近1年間で転んだことがある。② めまい/歩き方が不安定./動作の時に身体のバランスが悪い。このいずれかがある。③ 記憶障害あるいは認知障害がある。④ 足の筋力低下(マヒ)がある。⑤ 車いすを利用している。
一般に「人は足から老化する」と言われますが、まさにその通りで、歩くスピードが落ちてきますと、転びやすさが増すことがわかっています。まず、自分自身、及び自分の周囲にある転びやすい要因を見つけ出して改善し、さらには日頃から足腰を鍛える習慣を持つことが転倒予防の第一歩といえそうです。単純でも無理のない運動を続けることが大切です。( 文・神経内科 則行 英樹 )