神経内科通信
2012年06月号 「老年症候群と転倒」
40歳代半ばを過ぎた私はこの頃、体力の低下をひしひしと感じます。考え事をしながら歩けばすぐにつまづきそうになる、身体を動かした翌日には全身が筋肉痛、長距離を歩けば息切れ。本当に若い方々がうらやましく思います。
年齢を重ねることによって起こる身体の変化にはさまざまあります。例えば、目の調子が悪い、耳が聞こえにくい、腰やひざが痛い、筋肉の力が落ちた、身体の反応が鈍くなった、等です。日本老年医学会では、このように加齢に伴う身体の変化を総称して「老年症候群」と呼んでいます。
老年症候群の中でとりわけ重要なのは、歩行の安定性の欠如(転倒)、食べること(摂食)の障害、排せつの障害(失禁)、考える力(認知能力)の低下といえるでしょう。今回は転倒について少々詳しく述べてみたいと思います。
国立長寿医療研究センターの鈴木先生によりますと、日常生活の中で転倒を経験する方の数は年々増えてきているらしく、65歳以上に限っては、年間女性で20%、男性で15%程度の方々が転倒を経験しているそうです。そして年齢が進むにつれてこの数字は男女ともに大きくなり、さらにケガや骨折などの合併症を引き起こす頻度も高くなるとのことでした。特に骨折の中でやっかいなのは足の付け根の骨折(大腿骨頸部骨折)で、これは寝たきりや認知症の原因になりますのでことさら注意しなければなりません。この大腿骨頸部骨折の発症数は5年おきに全国的な調査がなされておりまして、昭和62年には年間約5万3千件であったものが、平成19年には年間約十五万件にまで増えています。患者さんの生活の質を低下させないため、そして年々右肩上がりの医療費を抑制するためにも、転倒を何としてでも予防したいものです。鈴木先生によりますと、転倒して骨を折る危険性が高い状況があり、(1) この一年間で転倒したことがある方 (2) 歩くときにつま先が上がっていない、すなわち「すり足」歩行をされている方 (3) 血圧を下げる薬や安定剤、睡眠薬を服用している方、つまり薬により「ふらつき」を起こしやすい方 は特に注意しなければならないとのことです。加えて、骨のもろい方(骨粗しょう症)、目の悪い方、下半身の筋肉の力が落ちている方、生活空間に段差が多い方も要注意でしょう。
最近の研究で、血中のビタミンDの濃度が下がっていると転倒しやすいことがわかってきています。現状ではまだ保険がききませんので、病院でビタミンDの処方は不可能ですが、この頃はやりのサプリメントで補うことはできると思います。「自分の身体は自分が守る」ことこそ医療の原点です。ご自分の身体の弱点は日頃から意識することが大切でしょう。
( 文・神経内科 則行 英樹 )